『漆掻きに臨む』

                                                    星野  章

1 骨董との付き合い

 昭和40年代、骨董品は結構高価であった。とりわけ茶道具は、なかなか手の届かないもので、欠けているとかニュウが入っているものが自然と集まってしまう。
  そんな訳で、欠陥品がどうしても増えてくる中で、気に入った平棗に出会い、借金までして求めたものの蓋側にニュウがあり、これを直してもらうため人の紹介で漆芸家の増村益城氏にお願いしたのを縁に漆で、これまで収集した欠陥のある物を修復するようになった。
 これが漆との付き合いの始まりである。その後、漆を使用した茶道具、茶釜の水漏れなど漆を用いて様々な道具の制作を楽しんできた。 
           
2 漆掻きへの興味

 練馬に住んでいた増村益城氏が柏の方に引っ越され、自宅に伺った際、庭に漆の木を植えており、話の成り行きで、苗木を2本譲って頂いた。
 山の南斜面を選び辺りの樹木を伐採し、間隔をあけて漆の木を植えた。
 時々見回りをし、かつ肥料も与えたが周りの木々の根が広く張っており、結局のところ生存競争に負け、大きく育てることができず、失敗に終わった。
 その後、岩手県の漆畑の脇から出ていた苗を譲り受け、今度は畑の隅に植えた。環境が良すぎるためか初めのころは1年で1メートル近くも成長し、台風で途中から折れてしまう苗も出た。
 木が大きくなると目立つことから、周りの人に迷惑がかかるから早く切ってくれと妻には再三、言われながらも漆が採取できるところまで育った。
 採取するための道具、そして方法などインターネットを介して調べたり、電話などしてみても、なかなか埒が明かず、そうこうしているうちに、運よく壱木呂の会に巡り会い、本間氏の力添えで道具を調達することができた。
(その当時、漆掻きの道具を造ることのできる唯一の職人さんが病気で入院していたこともあり業界では道具を調達するのに苦労をされていた。そんな中で、見も知らない小生に快く対応していただいた。)
 次は、どのように採取するかで、愛知県の方では指導をしてくれる人材もなく、関係機関に問い合わせをする中で、岩手県の浄法寺の方で漆掻き技術伝承者の養成を行っているから、参加しないかとの話をもらい短期の養成を受けることにした。期間は約1週間で漆の掻き方を基本から教わることができた。

3 漆掻き作業メモ

 仕事も辞め、ようやく自由の身になったことから、5本ある漆の木から樹液を採取することにした。掻き始めが6月頃からと聞いていたので、そろそろ始めようかと思ったものの、さて何を目安にしたらよいかが分からず初めから戸惑うことになった。早速、本間氏の紹介で息子さんに電話をして確認をしたところ漆の花が咲いてから掻き出すとのことだった。

6月
当地ではすでに花は咲き終わり実が出来ているのではないか、指導を受けたように、
6月7日、早朝、樹木の周りの雑草などを整理し、初めて、木に掻き傷を5か所2面、計10か所に入れる。1本の木の一カ所から漆が滲み出てきたものの、その他の傷跡からは漆は出てこなかった。5日空け13日に2度目の漆を掻く、漆の出は良くない。樹液が固まるのは早い。雨降りの日が多く8日間空けた22日に実施、樹液の出るところが少し多くなる。
5日空け28日4回目の採取、前回より出が良く、水のように粘りがなく透明度が高い。更には、乾きが早く直ぐに黒く変色してしまう。
これまでの漆は採取量が少ない事もあり、サランラップで覆っても中まで乾いてしまい、漆としてまともに使うことができなかった。

7月
5日空け、7月4日に5回目を採取、これまでの経験から、極めて早く乾燥することから10年前に購入して残っている生黒目の中に混入した。樹液の出は良くなったものの採取場所により結構むらがある。
6日空け11日に樹液を採取、6回目になり全体に出が良くなってきた。今回も古い漆に混ぜる。8日空け20日7回目の採取、樹液の出は良くなってきた。一方、1本の木が少し弱ってきたようで、採取を取りやめることにした。
7月に入ったことから3日から4日空けて採取との指導を受けたけれど実際には思うように行かないもので、雨であったり、所要が出来たりで予定通りに進められない。
5日空け26日に採取。

8月
10日空け6日に採取、5日空け12日、5日空け18日、4日空け23日と、この間は樹液の出もよく、透明感とさらさらした感じで、良い漆が採取できた。

9月
9月は2、11、18、23、28日と5回採取、乾きも早く量的にも良好であった。
ただ、雨が多く、その後に採取したものは水分量が多いように思えた。

10月
10月は2、6,23,28日の4回採取した。2日、6日は中3日空けて採取した結果、樹液の出がやや悪かった。
また、23日頃から葉が落ち始め、樹液の色も透明感が薄れ乳白色となり、乾きも極端に悪くなってきた。

11月
11月は、1、7、12、17、22、28日と6回採取した。
1日は、まずまずの採取量であった。木の上部の方は出が悪く、下の幹が太い所は出が良い。しかし、そうしたところは、前回傷つけたところが完全に乾ききっておらず、回復に手間取っていることが伺える。7日は、葉は枯れ落ち、場所により樹液の出が大きく異なってきた。それに採取する空間が無くなり、最終時期が来たようである。
12日は、傷を付けるところもなくなり、空きの有るところを傷つけ採取、量も減少してきた。
17、22、28日については、傷の付けてないところを探し、採取。
根基に近い所が比較的多く出た。樹液は乳白色が強くなり乾きも一段と悪くなる。

12月
12月7日は最後の採取で出は悪かった。
年の瀬を迎え、20日根元から伐採をする。切り口からは少量の漆の樹液が染み出てきたが採取する気持ちにはなれなかった。木の上部の枝を切り、処分し易いようにした。切り口からは、ほとんど樹液は出てこなかった。

4 漆掻きのシーズンを終えて

 畑に植栽して、16年ぐらいが経過した。もう少し早く採取をしたかったが、仕事との関係で、この時期となった。漆掻き職人は1本の木から約200グラム採取できると聞いているけれど、100グラムも採取できなかった。素人だからなのか、それとも 一度だけでなく樹液が出てくるたびに複数回、傷跡をヘラでなぞったからなのか、又は気候、風土が適さないからなのか。シーズンの前半は雨の日が多く、採取予定を立てづらかった。又、後半は長期旅行もあり、空白期間が入ることになった。この半年間で学んだことは、漆掻きは根気の要る仕事で、職業としている方の苦労を少しではあるけれど、知り得たのではと思っている。又、日本産の漆が中国産に比べて高価であることも理解できた。
 採取した漆は乾きもよく、堅牢で透明度が高く、輝きが優しく感じられる。又10月以降に採取したものはねっとりとしておりやや硬さがあるが、伸びもよく見た目以上に使ってみると透明感があり中国産の漆とは随分と違うように思えた。
 経済的合理主義が最優先される現代社会で、高価となってしまう漆の消費拡大、若しくは維持を確保しするためにはどのような方策があるのだろうか。
 最終消費者は、堅牢で、使いやすく、身近に持っていることで喜びを感じられる物を求めていると思う。
 素人ではあるけれど少しでもこうした期待に応えられる作品を作りたいとこれまで以上に思う昨今です。
                       
                 2016年7月22日 
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