日本、今は昔ばなし 
    
                  ⑩自分仕様の働き方改革
                                                    ななえせいじ

 社会に巣立ってまだ3か月、新入社員はそろそろ会社という組織に嫌気がさしてくるころでありましょう。大海に漂う漂流物さながら、なるようにしかならないのですから焦らないことです。うまく泳ごうなんて思わずに、漂流してみたらいかがですか。つまりクラゲになりましょうってことであります。
 クラゲ? 冗談じゃない、僕はこの会社に選ばれた人です。けっこう狭き門だったのです。お袋だって親戚中に自慢していたくらいです。面接官が、君に期待しているといってくれたんすから。
 それは失礼しました。しかし、気になるね。そのエリート意識が・・。君の会社がどういう会社か分からないが、どうやら有名企業のようですね。まず有名企業というのは、組織が出来上がっておりますから、なにかにつけて規則、規則で窮屈だと思いますよ。周りはエリートを自認している人たちですから人付き合いが大変だと思います。仕事のえり好みはできないし、ただその日のルーチンを消化するだけ。しかも肝心な人事は、実力とは関係ないところで決まっていくのであります。競争に敗けた時の挫折感に耐えられますか、どこまでも自分を捨て組織に従順になれますか、胡麻を擦り続けられますか、など自分仕様の働き方は限られております。クラゲになれというのは自分を買いかぶるな、無我を貫けということであります。(クラゲの生態とは関係ありません)
  
 日本、今は昔話。私が新社会人となって2年、昭和は40年3月のことです。山陽特殊製鋼という会社が会社更生法を申請、戦後最大の事実上の倒産をいたしました。多くの証券会社も倒産しました。昭和40年不況と語り草になっております。その時代、私はクラゲのように生きておりましたから、この大倒産を引き起こした経済状況を理解せず、すでに4回目という転職に挑戦していたのであります。試験の連絡を受けて会場に行きますと、なんと人であふれているではありませんか。瞬間自信を無くしました。どの顔見ても明らかに自分より優秀とみて取れたのであります。
 結論を先にいいますと奇跡的に合格したのであります。筆記試験は易しかったのです。時事問題もありました。たった二人だけが合格というのは、いまもって不思議に思うのであります。後年、上司がいいました。君は異色の新人だったな、と。水があったとも言えますが、私は定年まで勤めたのであります。
(注)山陽特殊製鋼は2019年3月、名実ともに新日鉄住金の子会社になります。
 大企業が倒産すれば、大勢の失業者を生みます。昨今、働き方改革といって労働の在り方を変える法律が国会を通りました。これにより雇い止めが大っぴらにできるようになりますと、非正規社員は過酷な労働環境に置かれるであろうことが想像できます。非正規社員は経理処理上、正社員と違って流動経費になりましょうから、真っ先に契約解除しやすいのであります。人数を削減すれば経費節減になるのであります。
 現状は売り手市場のようでありますが、内定率は良くても内実はどうなのでしょうか。いくつも取れた人、一つも取れていない人、内定率は良くても希望の内定先なのかどうかの満足率は分かりません。法改正で雇い止めがしやすくなったというのは、企業側は安易に採用が出来るということでもあります。
 就活するとしたら、立派な建物とかのうわべを見るのでなくて取引形態とか働いている人の幸せ度などをとくと観察してみることは肝要であります。
 参考までに、ここに優秀な中小企業があります。ユニークな経営がマスコミにも注目された螺子メーカーです。自社製品に自信を持っているからなのでしょうね。採用の仕方もユニーク。筆記試験なし、来てくれた人順に採用というのです。意欲がどうの、志望動機がどうのと肩苦しいことは聞かない、その代り相手の要望も聞かない、働く気があるかないかだけで充分だというのです。まだ一日も働いてもいないのに、残業は? 休暇は? などと細かく聞いてくる奴はいらないというわけであります。
 中小企業は得てして働きやすいのです。まず家族的雰囲気がいい。きついノルマもない、仕事から仕事という働き方でありますから、時間に捕らわれず、管理は自分で行い、仕事のペースは自分でつくる。サービス残業はしないから予定は計画しやすい。そのかわり日の出前から働くこともある。でも自分仕様の働きであるから苦しくはならない。裁量労働制は中小企業の方がむしろ先んじていると思えるのであります。
 いい会社はいっぱいあります。例えば、自動車メーカーの下請けだった研磨会社がその技術を生かしてまったく異分野のシェーカーを開発したといいます。今では世界中のバーテンダーに引く手あまたということであります。又、自動車の防音材補強材メーカーは、やはりその技術の延長線でふくらはぎ用サポーターを開発したといいます。アスリートに支持されているそうであります。ほかには、三重県の弁当屋さんは、働きたい時間は自分で選ぶというユニークな勤務体制をとっております。豊橋の小さな繊維メーカーはスケートの羽生君も愛用しているという抗菌マスクを開発しました。世界中に売れているそうであります。スケートのブレードを鉄から一貫して削り出す方法で開発したというハガネメーカーも人気がたかい。探せば大企業よりいい職場がいっぱいあるように思います。農業だって悪くない。捨ててしまう野菜を味も栄養も損なわないでペーパー状に加工して売りだしたらアレルギーの子供も食べてくれた、という中小企業。こういう職場は働き甲斐があるというものであります。その農業、勤務時間は自由のようで自由でありませんが、労務管理は自分、しかし成果は確実に自分にかえってきます。天候という自然が相手ですが、究極は自己責任であります。最近、この方へ転職する人が増えているそうであります。
大企業の歯車となって、しかも名刺ひとつで会社の信用で生きていくとあっては、30年先も 自分の立ち位置が安泰とは思えません。人間力、自分力、自分信用が身に付く職場を探しましょう。そのためには雑務から営業まですべての分野でスキルが上がる中小企業の方が働きやすいと思いませんか? とはいっても人それぞれですからね、楽な方を選ぶとしたら大企業ですかね。
 まっさらな君たちには分からないだろうけど、即戦力を求める企業側のニーズもありますから、必ずしも転職は悪ではありません。君の価値を決めるのは、学力より人間力にあると知っておきましょう。

                       
                  2018年6月22日
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