年寄りのたわごと
                  あんたにいわれたくない(1)
                                                   ななえせいじ

 八月も終わる頃、安倍総理が突然政権離脱を表明しました。国民は驚きました。持病が悪化したからというものでしたが巷ではいろいろとび交いました。もちろん体調が大きな原因でありましょうが、年寄りたちの穿った見方は「投げ出した」とか「傀儡か院政でいくつもりだろう」とかいい気なものであります。 
 われら年寄りたちは、コロナ自粛をだれからともなく解禁し「いつものところで」を合言葉に気ままにより集ったのであります。
 名古屋はモーニングサービス発祥の地です。連日の暑さ続きで涼みがてら朝から年寄りたちが 集ってきます。一人で、あるいは夫婦で、新聞と週刊誌を奪い合い、はじめちょろちょろからたちまち密になります。かといってつるんでもいない「あんたにいわれたくない」とした自己主張の強い人たちであります。政治批判の言いたい放題、時の安倍総理も形無しであります。
 話の中身を拾ってみると、大体次のようです。
 日本はどうなるの?  
 そこだよ、誰の目にも、日本は悪くなっているし、人も悪くなっている。
 じゃ忌憚なくいってみなよ。ただしここだけの話にしておくからさ。まず、そこのおっさん。
 孫の世代まで考えると、いいたくなるね。まず、格差がひろがっているということ。国民も、外国人も、人手不足で大歓迎しておきながら、いざコロナで人余りとなったら、迷いなく首を斬る。よくもまあ平気でやれるもんだよね。
 人間はみな平等というけれど、実際は強いもの勝ちだよね。努力は関係ない。
 経営者の資質の問題よ、絶対・・。
 企業が儲かればその儲けは滴り落ちて働く人も潤う、という話、ほんと? どうも信じられない。株主だけじゃないの? 大体人間を 正規とか、非正規とかと仕訳けること自体ナンセンス。コロナといえば許されると思ってか、平気で「解雇」する。あまりに冷たいじゃないか。
 明日の生活もままならない人をたくさん作って、それでも景気はよくなったっていうの?
 前にも言ったけど、コロナ後の日本経済の仕組みは大きく変化していくはずだよね。重厚長大から軽薄短小は昔の話。さらに変わっていくと思うよ。
へえ? どう?
 突拍子もないけど、「さいしょくけんび」、というのはどう?
 農業とか林業とかにもっと力を注ぐ時が来たってこと。つまり栽植。けんびは健康と微細菌のこと。コロナのワクチン開発。日本の食糧事情は悪いのだから遺伝子組み換えなんかで野菜や食物の生産を増やすことだって視野に入れていい。国民のためならエーヤコラサ、政治を私物化している場合じゃないってこと。
 政治の仕組みはどう変わるの?
 スイカ割りじゃあるまいし、縦割り廃止もいいが、官僚人気も落ちているからね。派閥の政治じゃなく国をよくしたい純粋な人になって貰いたいよね。
 地方創生はどうなの?
 東京一極集中はよくない。名古屋あたりに国会を持って来るっていうのはどう? もう奇想天外と言わせない。パソナは淡路島に本社機能を移すそうだよ。
 話題を変えて、連立内閣はありうるの?
 あると思うよ。自民と立民、冗談じゃなく、ただし、自民が瓦解しての話。異次元の連立ができるかもしれないよ。すっきり、国民の視点に立った内閣になってほしい。
 憲法改正はどう見るの?
 もちろん反対ですよ。若者は戦争をゲーム感覚で見ている。若者を教育しなきゃ。何があっても九条は維持しなければね。
 同一労働、同一賃金はどうなるの?
 難しいと思うけど、手を付けないわけにいかないと思うよ。まず、日本からホワイトカラーという職域をなくしてほしいね。
 へー?どうするの?
 マイナーなやり口だけど、日本にはブラック企業だの、ブラックアルバイトだの、危なっかしい領域がたくさんありますよ。困っている人を救う組織、「ブラック救済ユニオン」のような組織をつくる必要があるのではないか。個人単位で入る仕組み。大規模な組織が定着すれば交渉力が付き、ブラックを改めなければその企業は潰れてしまうという圧力が必要だ。そうすれば、雇止めだのの無茶はなくなるだろう。ただし、働き口を見つける前にまずスッピンでこのユニオンに加盟してもらう。したがってユニオン側の責任も重大。就職するよりもユニオンに入るほうが難しい、というような社会認識が出来上がる。その代わり、健康で最低限度の生活を保証してとことんまで支える。
以上は真夏の夜の夢物語であります。
 これまでの日本はどうだったか?
 まじめで弱い立場の労働者をたくさん囲うことで日本の企業は成長してきました。それなりの経済規模と、企業の体面を維持してきたがゆえに多くの労働者は大企業の名のもとに安心して働いてきました。それなりに給与もよかったし悠々と暮らしてきました。しかし、コロナ以降はこの神話は崩れつつあります。
 お医者さん、弁護士、会計士、大学教授、伝統文化の分野まで、かつてのホワイトカラーは凋落しつつあります。資格を取れば手にできたはずなのに。今や資格じゃなくて能力であります。例えば、司法試験に受かることの前に人間性を磨いてこそ真の社会派弁護士になれるのだ、というようなこと。
 近代日本はうまれかわれる?
 近代日本は二度生まれ変わる。一度目は明治維新。二度目は令和維新?ただし、勝手な意見です。
 どういうこと?
 明治維新は下級武士集団が改革の要にいました。あらゆる部門でヨーロッパナイズされました。散切り頭を叩いてみれば・・・、のあれです。
 では令和というのは?
 明治維新を動かしたのは下級武士集団です。これに対し令和時代は、非正規で働く下級労働者集団です。労働者に下級も上級もありませんが、少なくとも労働成果の分配で不平等を強いられている人たちであります。アメリカ、ロシア、中国、香港も含め世界の国々はこれに似た火種を抱えております。他山の石か、対岸の火事かわかりませんが、燎原の火となって海を渡ってきそうなのであります。
 地方創生?
 そう、地方を活用する時が来たと思いますよ。自然豊かな観光資源があります。都会のビル群は観光になりません。 息が詰まる高い生活コスト。田舎暮らしのほうが空気は旨いし、生活コストも安い。在宅勤務も可能になった。農業だったら労働の対価は正直に跳ね返ってくるし、大企業の組織ではうその企画書、うその報告を書かされることだってあるかも。
 まったく、あんたの言う通りかもね。それにつけてもオレたちは齢を取りすぎてしまったよね。さて、帰るぜ、ばあさんが待ってるからね。
                        
                 2020年9月某日
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